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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1293号 判決

控訴人 和田鉄雄

被控訴人 佐々木つぎ

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し茨城県日立市宮田町字鈴宮二千百二十五番の二畑一反十一歩につき昭和三十一年十二月二十五日附売買契約による所有権移転のため茨城県知事の許可申請手続をなすべし。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は被控訴人訴訟代理人において、本訴の売買代金二十一万円については、本訴売買契約締結の際被控訴人と控訴人との間に、内金十五万円はさきに被控訴人が昭和二十八年九月一日控訴人に対し利息月五分、元金弁済期同年十一月三十日と定めて貸与した金八万円の元金と、これに対する昭和二十九年四月二十六日より昭和三十年十二月二十五日まで二十箇月分の右約定利率による損害金(合計八万円)の内金七万円との合計金十五万円の債権を以て相殺し残額金六万円だけを現金で売買成立と同時に支払い決済する旨の合意が成立し、同日そのようにして右十五万円は合意相殺により決済し、残額六万円を現金で支払つた、従つて代金は完済されていると述べ、控訴人の抗弁事実を否認し、控訴人訴訟代理人において、従前の答弁を一部訂正し、被控訴人主張の日時に控訴人と被控訴人との間に被控訴人主張の売買契約が成立したことは、その代金決済の方法につきその主張の如き合意が成立したとの点を除いてこれを認める。控訴人が被控訴人主張の日時に被控訴人から金八万円をその主張の如き約旨で借り受けたことは認めるが、被控訴人との間に本訴売買代金の内金十五万円につき右貸金の元利金を以て差引決済し代金残額六万円のみ現金で支払う合意が成立したとの事実は存在しないと述べ、新たに抗弁として、(一)控訴人は本訴売買の成立と同時にその代金が全部現金で支払われるものと考え右売買をなしたところ、被控訴人は一度右売買契約が締結されるや一方的にその主張のような代金決済方法を取りきめ代金の支払をしないので、控訴人は即日被控訴人と合意の上右売買契約を解除した、(二)仮に右合意解除が認められないとしても、控訴人が本訴売買契約を締結するに至つたのは、被控訴人が代金は即時全額を現金で支払う旨言明し控訴人において被控訴人の右言明を信じたからであるところ、実際には被控訴人は初から右代金全部を現金で支払う意思がないのに控訴人の無智に乗じ右支払をするように控訴人を欺罔し、以て右売買締結の意思表示をなさしめたものであつて、控訴人の右売買の意思表示は詐欺に基くものであるから、控訴人は本訴において(昭和三十四年九月十六日午前十時の本件口頭弁論期日)その取消の意思表示をなす、(三)仮に右取消が認められないとしても、前記貸金の利息の契約は、利息制限法(旧)に違反し超過部分につき無効であつて、被控訴人がこのような制限超過の利息債権を以て控訴人の代金債権と相殺することは、たとえ合意に基いてなされたとしても、控訴人が超過利息を任意に支払つたような場合とは異なり無効というべきであるから、本訴売買代金は完済とならない、以上いずれの点からいつても被控訴人の本訴請求は理由がないと述べ

新たに証拠として、被控訴人訴訟代理人において当審証人佐々木仁一郎の証言を援用し、乙第一号証の撤回に異議はない、乙第二号証の一、二の成立は認めると述べ、控訴人訴訟代理人において、乙第一号証を撤回し、乙第二号証の一、二を提出し、当審証人和地光男、同小沢義道の各証言並びに当審における控訴人本人和田鉄雄尋問の結果を援用した、

ほかは、原判決の事実摘示に記載と同一であるから、ここにその記載を引用する。

理由

被控訴人主張の土地につき昭和三十年十二月二十五日控訴人と被控訴人との間に被控訴人主張の如き売買契約が締結されたことは、その代金決済の方法についての約旨の点に争のあるほか当事者間に争がない。そして控訴人がこれより先昭和二十八年九月一日被控訴人から金八万円を利息月五分、元金弁済期同年十一月三十日なる約旨で借り受けたことは当事者間に争がなく、この争のない事実と、原審及び当審における証人佐々木仁一郎の証言を綜合すれば、右売買契約締結の際その売買代金二十一万円の決済につき当事者間に被控訴人主張の如き合意が成立し、右合意に基き右代金の内金十五万円は被控訴人主張のとおり右貸金元本八万円とこれに対する右売買成立の当日までの右約定利率による遅延損害金八万円の内金七万円との合計金十五万円の債権を以て相殺し、控訴人においてこれを承認した上被控訴人から代金残額金六万円の交付を受け代金全部の決済を遂げたことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

(一)  控訴人は、右売買契約はその成立の日にその主張の如き事由で合意解除されたと主張し、控訴人和田鉄雄の当審における本人尋問の際の供述中には右主張にそうところがあるけれども右供述はにわかに採用しがたく、他に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。従つて控訴人の右主張は採用しない。

(二)  次に、控訴人は控訴人の右売買の意思表示は被控訴人の詐欺に基くものであるから取消したと主張するけれども、控訴人の右売買の意思表示が被控訴人の詐欺に基いてなされたものであることはこれを肯認するに足りる証拠がなく、かえつて控訴人が前記認定の如く右売買成立と同時に被控訴人から右売買の残代金として前示金六万円の支払を受けていること及び成立に争のない甲第二号証により認められる右売買のあつた二日後の同年同月二十七日被控訴人から金三十一万円を借用していること等の事情を考え合すときは、右売買は控訴人主張の如く被控訴人の詐欺に基き締結されたものではないことが明らかであるから、控訴人主張の詐欺を理由とする右抗弁もまた採用の限りでない。

(三)  よつて進んで控訴人の(三)の抗弁について考えるに、前記貸金の利息の契約は月五分の約定であるから、旧利息制限法に違反し超過部分につき無効であるこというまでもない。そしてそのような利息制限法に定める制限外の利息につき債権者が相殺をなし又は相殺の予約をしたときは、その制限超過部分に関しては無効であること勿論であるけれども、債権者がその予約に基き相殺をしたのに対し債務者が承認を与えたときはそれをも無効とすべきではないと解するのを相当とするところ、本件についてこれを見るのに、被控訴人は控訴人との合意に基き利息制限法所定の制限超過の約定利率による損害金を含んだ貸金債権を以て本訴売買代金の内金十五万円と相殺したのに対し控訴人はこれを承認して残代金を受領したものであること前に認定したところであるから、右相殺が無効であることを前提とする控訴人の(三)の抗弁の理由がないことまた自ら明白である。

控訴人はなお、本訴売買の土地につき買戻の契約が成立した旨主張する。しかし、右土地の所有権は本訴の売買によつては未だ被控訴人に移転しないこと後段説示するところに徴し明らかであるから、控訴人主張の買戻ということはありえず、そこで仮に右買戻も控訴人から被控訴人に対し対価を払つて本訴売買がなかつた元の状態に復せしめる契約が成立したという程の趣旨に解すべきものとしても、本件当事者間にそのような契約の成立したことはこれを認むべき確証がない。従つて控訴人主張の如き契約が成立したことを前提とする右抗弁も亦採用できない。

してみれば、控訴人は被控訴人に対し本訴売買契約により右土地につき所有権移転のため茨城県知事に対し許可申請手続をなすべき義務があるものというべく、これが履行を求める部分の被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。

被控訴人はなお本訴において控訴人に対し右土地の所有権移転につき右知事の許可を得た際は右売買による所有権移転登記手続をなすべきことを請求するけれども、本訴の売買契約はその目的物件たる農地の所有権移転につき所轄県知事の許可のあることを効力発生の停止条件として予め締結されたに過ぎないものであつて、右知事の許可が得られるか現在未定の状態にあり、右許可のない現在被控訴人の右登記請求権は未だ発生していないものというべきであるから、被控訴人の右登記手続を求める部分の本訴請求はこの点において失当として棄却を免れないものとする。

よつて原判決を変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

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